ウイスキーを知る / 3 / 8
できたての原酒は無色透明で、香りも荒いものです。琥珀色も、バニラやドライフルーツの香りも、その大半は樽から移ってきます。「ウイスキーの味の6割から7割は樽が決める」と言われることがあり、数字の根拠はさておき、樽が主役級であることに異論を唱える人はいません。
ウイスキーの樽はオーク(ナラ)製です。法律でオークと定められている産地もありますが、そもそもオークが選ばれてきたのには物理的な理由があります。オークは液体を漏らさないだけの緻密さを持ちながら、空気をわずかに通します。曲げ木にも耐えます。そして何より、木の中に酒をおいしくする成分を持っています。
アメリカ産のホワイトオークは、バニリン(バニラの香りのもと)とオークラクトン(ココナッツを思わせる香り)を豊富に含みます。明るい色づきと甘い香り、という方向に働きます。
スペインなどのヨーロッパ産オークはタンニンが多く、渋みと骨格、スパイスやドライフルーツの方向に働きます。色づきも濃くなります。同じ「オーク」でも、この二つはまるで別の素材と考えたほうが実態に近いでしょう。
日本のミズナラは、白檀や伽羅にたとえられる独特の香りを生むことで知られます。木目が粗く漏れやすい、曲げにくいなど樽材としては扱いが難しく、そのぶん希少です。
スコッチの熟成に使われる樽の大半はバーボンの空き樽です。これには制度上の理由があります。アメリカでバーボンを名乗るには内側を焦がした新しいオーク樽を使わなければならず、一度使った樽は二度とバーボンには使えません。結果として、アメリカでは毎年大量の「一度だけ使われた良質なオーク樽」が余ります。
それを買い付けて再利用してきたのがスコットランドです。制度の副産物が、別の国の酒の標準になった — ウイスキーの歴史でいちばん面白い巡り合わせのひとつだと思います。
シェリー樽は色が濃く、ドライフルーツやナッツの豊かな香りをもたらします。かつては本当にシェリーを運んできた輸送用の樽が英国に大量にあり、それが再利用されていました。しかし瓶詰め輸送が主流になり、その供給は途絶えます。
現在流通しているシェリー樽の多くは、ウイスキー熟成に使うことを前提に、新しいオーク樽へ一定期間シェリーを入れて木に馴染ませたシーズニング樽です。かつての輸送樽とは成り立ちが違います。数が限られ、価格も高いため、シェリー樽熟成はそれ自体が売りになります。
樽の内側を扱う方法には二つあります。チャーは表面を強く焼いて炭の層をつくる方法で、この炭が雑味を吸着し、その下の層からは甘い成分が引き出されます。トーストはもっと穏やかに時間をかけて加熱する方法で、香ばしさやスパイスの方向に働きます。バーボンは強いチャーが定番です。
『蒸溜所の帳簿』では、樽の選択肢を価値・熟成速度・ピーク時期・価格の4つの数字で表しています。
先に断っておくと、この5つは厳密には「材」で揃っていません。チャーは材ではなく内側の処理ですし、新樽・中古樽は「何回目の使用か」の話です。本来なら材・処理・使用歴の3軸に分けるべきところを、遊びやすさを優先して1つの選択肢にまとめてあります。現実の分類と混同しないでください。
| 樽の選択肢 | 価値 | 熟成の速さ | ピーク補正 | 追加費用 |
|---|---|---|---|---|
| 新樽 | 1.00 | 1.00 | ±0年 | ±0 |
| バーボン樽 | 1.08 | 1.08 | +2年 | +8,000 |
| チャー樽 | 1.05 | 1.12 | −1年 | +10,000 |
| シェリー樽 | 1.18 | 1.05 | +1年 | +80,000 |
| 中古樽 | 0.95 | 0.75 | +8年 | −12,000 |
シェリー樽は最も高値がつきますが、追加費用が桁違いです。序盤に手を出すと資金が持ちません。逆に中古樽は安く、熟成が遅く、ピークがずっと先 — つまり「何十年も寝かせる前提の樽」です。長期熟成を狙うなら中古樽が正解になる場面があり、安い=弱いではない設計にしています。
チャー樽が「速く濃く育つが、ピークは早め」なのは、炭の層を通じた反応が速いという現実の性格をそのまま数字にしたものです。
新樽が費用±0の基準になっているのは、現実とは違います。実際には真新しいオーク樽は高価な部類で、逆にバーボンの空き樽はアメリカから大量に流れてくるぶん安く手に入ります。上の記事で「制度の副産物がスコットランドの標準になった」と書いたのは、まさにその安さが理由です。
ゲームでは新樽を基準点(±0)に置き、そこからの差額で他を表しているだけなので、この表の数字を現実の相場として読まないでください。現実の順で言えば、安いほうから 中古 → バーボン樽 → 新樽 → シェリー樽 になります。
関連: 樽のサイズとフィル / 熟成のしくみ / 樽の材 ・ バーボン樽 ・ シェリー樽
この記事について
ウイスキー経営シミュレーション『蒸溜所の帳簿』を作っている人間が書いています。 運営するKF-Works株式会社は秩父で蜂蜜酒(ミード)の醸造所を営み、ウイスキーの輸入・販売も行う酒類の会社ですが、 ウイスキー蒸溜所の現場出身ではありません。ゲームの数値を決めるために調べたことを、調べた順に書いています。
そのぶん、多くの入門記事とは書き方が違います。「熟成には時間がかかる」で終わらせず、 何年でどうなるのかを数字で置き、現実と食い違う部分は食い違うと明記します。 ゲームの都合で現実と逆にしてある箇所(樽の値段など)は、そのつど本文で断っています。
記述の誤りを見つけられた場合は kudo@kf-works.co.jp までお知らせください。確認して直します。
この記事で書いた仕組みは、『蒸溜所の帳簿』のなかで実際に数字として動いています。無料・登録不要で、ブラウザだけで遊べます。