ウイスキーを知る / 5 / 8
樽に詰めたあと、蒸溜所にできることはほとんどありません。ただ待つだけです。しかしその待ち時間のあいだ、樽の中では三つのことが同時に進んでいます。
この三つの進み方が、樽の材・大きさ・フィル・置かれた環境で変わります。だから同じ日に同じ原酒を詰めた樽でも、10年後には別の顔になっています。
樽はわずかに呼吸します。中の酒は毎年少しずつ蒸発して減っていきます。これを天使の分け前(エンジェルズシェア)と呼びます。
スコットランドの冷涼で湿った気候では、年におよそ2%前後が目安とされます。30年寝かせれば単純計算で半分近くが消える勘定です。長期熟成のウイスキーが高いのは、時間がかかるからだけでなく、実際に量が減っているからでもあります。
気候の影響は大きく、ケンタッキーやインド、台湾のような温暖な土地では失われる割合がずっと大きくなります。だから同じ「10年」でも、産地が違えば熟成の意味が違います。年数表記だけで比べても答えは出ません。
湿度も効きます。湿った環境では水よりアルコールが先に抜けて度数が下がり、乾いた環境では逆に度数が上がる傾向があります。
数字で並べると差の大きさがわかります。スコットランドで年2%前後の蒸発が、ケンタッキーでは夏の暑さで年4%を超えることが珍しくなく、台湾やインドの蒸溜所では年10%を超えると言われます。台湾のウイスキーが5〜6年の熟成で濃い味になるのは、この猛烈な速さの代償に量を失っているからです。逆に言えば、これらの土地で20年熟成はほぼ不可能です — 樽が空になってしまいます。
ラベルの「12年」は、その瓶に入っているいちばん若い原酒の熟成年数です。平均ではありません。12年物と書かれた瓶に20年物の原酒が混ざっていることはあっても、11年物が一滴でも入っていれば12年を名乗れません。
だから年数表記は「最低保証」として読むのが正しく、また年数のない瓶(NAS=ノンエイジステートメント)が若い酒とは限りません。年数を書かないことで若い原酒と古い原酒を自由に組み合わせる、という設計の銘柄も多くあります。
熟成の大半をバーボン樽で過ごした原酒を、最後の数か月から数年だけ別の樽 — シェリー樽、ポートワイン樽、ラム樽など — に移し替える手法をフィニッシュ(後熟)と呼びます。1980年代以降に広まった比較的新しい技法で、ベースの酒質を保ったまま、仕上げの香りだけを重ねられます。
短期間で味の方向を変えられるため、現代のウイスキーづくりでは定番の道具になりました。一方で「樽の化粧でごまかしている」という批判も昔からあり、フィニッシュをほとんど使わない蒸溜所も残っています。
樽を寝かせておく建物が熟成庫(ウェアハウス)です。土の床に石壁、樽を3段ほど平積みにするダンネージ式は伝統的な方式で、温度と湿度が穏やかに保たれます。棚に何段も積むラック式は収容量に優れ、大規模化に向きます。さらに樽を立てた状態でパレットごと積み上げるパレット式もあり、フォークリフトで動かせるため人件費で勝ります。
同じ熟成庫でも、置かれた場所 — 高い段か低い段か、扉の近くか奥か — で熟成の進み方が変わることが知られています。ラック式の上段は温度変化が大きく熟成が速い、下段は遅い、という差が実際に出ます。樽が一本ずつ違う顔になるのは、こうした細かな差の積み重ねです。
ウイスキーは寝かせるほど良くなる、というのは半分だけ正しい話です。ある時期を過ぎると、木の成分が出すぎて渋く重くなり、酒本来の香りが樽に押し潰されていきます。ピークを過ぎた樽というものが実際に存在します。
そしてもうひとつ、度数の問題があります。樽の中で度数は少しずつ下がり、40%を割ってしまうと、スコッチとしては瓶詰めできなくなります。何十年も見守った樽が、あと一歩のところで商品にならない — これは実際に起こることです。
だから熟成は「待てば待つほど得」ではなく、いつ引き上げるかを決める判断です。蒸溜所は樽ごとにサンプルを抜いて利き、瓶詰めの時期を見極めます。「この樽はあと5年」「この樽は今」— 何百本、何千本の樽についてこの判断を続けるのが、熟成という仕事の実体です。
『蒸溜所の帳簿』では、飲み頃をSSS〜E+熟成中+ピーク過ぎの段階で表します。仕組みはこうです。
ピークのちょうど1か月がSSS。そこから前後に離れるにつれてSS・S・A・B・C・D・Eと下がっていきますが、各段階に留まる月数は倍々に増えます(SS=2か月、S=4か月、A=8か月…E=128か月)。つまり頂点は鋭く、裾野は広い山の形をしています。ピンポイントの最高到達点を狙うか、広い「そこそこ良い」帯で数を売るか、という選択になります。
販売価格にはこれが掛け率で効きます。SSSで1.35倍、Cで1.00倍、ピーク過ぎで0.85倍。固定値ではなく倍率にしたのは、3年物のSSSが12年物のEに勝ってしまうような逆転を防ぐためです。
天使の分け前は年およそ2%で、現実の目安に合わせています。50年寝かせれば中身は目に見えて減り、樽の半分を下回ると同じ年・同じ仕様の樽と自動的にひとつにまとめられます。
さらに、樽詰めの時点でおよそ1割が★当たり樽になります。飲み頃S以上に到達できるのは、この当たり樽だけです。同じ仕込み・同じ樽でも一本ずつ結果が違う、という現実の不確かさを、はっきりした形で入れています。ピークの時期と長さにも樽ごとに±15%のばらつきを持たせました。
関連: 樽のサイズとフィル / 度数とボトリング / 天使の分け前 ・ 飲み頃 ・ ★当たり樽
この記事について
ウイスキー経営シミュレーション『蒸溜所の帳簿』を作っている人間が書いています。 運営するKF-Works株式会社は秩父で蜂蜜酒(ミード)の醸造所を営み、ウイスキーの輸入・販売も行う酒類の会社ですが、 ウイスキー蒸溜所の現場出身ではありません。ゲームの数値を決めるために調べたことを、調べた順に書いています。
そのぶん、多くの入門記事とは書き方が違います。「熟成には時間がかかる」で終わらせず、 何年でどうなるのかを数字で置き、現実と食い違う部分は食い違うと明記します。 ゲームの都合で現実と逆にしてある箇所(樽の値段など)は、そのつど本文で断っています。
記述の誤りを見つけられた場合は kudo@kf-works.co.jp までお知らせください。確認して直します。
この記事で書いた仕組みは、『蒸溜所の帳簿』のなかで実際に数字として動いています。無料・登録不要で、ブラウザだけで遊べます。