ウイスキーを知る / 1 / 8
ウイスキーは麦から造る蒸溜酒です。とはいえ麦をそのまま蒸溜できるわけではなく、まず「甘い液体」にして、それを酵母に酒へ変えてもらう必要があります。ここが前半の工程 — 製麦・糖化・発酵です。蒸溜所によって個性が生まれる最初の分かれ道でもあります。
大麦の粒に詰まっているのはデンプンで、酵母はデンプンを直接は食べられません。そこで大麦を水に浸して発芽させます。芽を出そうとした麦は、自分の中のデンプンを分解するための酵素をつくり出します。この酵素こそが目当てで、ある程度まで芽が伸びたところで熱風を当てて成長を止めます。これが製麦(モルティング)で、できあがったものがモルト(大麦麦芽)です。
かつてはどの蒸溜所も自前の麦芽乾燥塔(キルン)を持っていました。屋根の上に載った、先の曲がった煙突のような塔 — パゴダ屋根 — はその名残で、いまでは多くが装飾として残されています。現在の製麦はほとんどが専門の製麦業者に集約されており、自社で床に麦を広げて手で返すフロアモルティングを続けている蒸溜所はごく少数です。
麦芽を乾かすとき、燃料にピート(泥炭)を使うと、その煙が麦芽に移ります。ピートはヒースやミズゴケなどの植物が、寒冷で水はけの悪い土地に数千年かけて積もり、分解しきらずに堆積したものです。掘り出して乾かすと燃料になります。
煙の香りの正体はフェノール類で、その量は ppm(百万分率)で表されます。麦芽の段階で数十ppmという数字が語られることが多いのですが、蒸溜を経て樽で寝かせるうちに大きく減るため、瓶の中身のフェノール量は麦芽のときよりずっと低くなります。「ppmが高い=そのまま強烈」ではない、というのは覚えておくと数字に振り回されずに済みます。
ピートを焚かない麦芽(ノンピート)が世界的には主流で、スモーキーな酒は全体から見れば少数派です。アイラ島をはじめとする一部の産地が、その少数派を看板にしてきました。
麦芽を挽いて(グリスト)、大きな槽(マッシュタン)で温水と混ぜます。すると麦芽自身の酵素がデンプンを糖に変え、甘い液体 — 麦汁(ウォート) — が取れます。
湯は温度を変えて三回に分けて注ぐのが伝統的なやり方です。一番水と二番水で得た麦汁を発酵に回し、糖の残りが少ない三番水は次の仕込みの一番水として使い回します。無駄を出さない設計になっているわけです。
冷やした麦汁を発酵槽(ウォッシュバック)へ移し、酵母を加えます。酵母が糖を食べてアルコールと炭酸ガスに変え、およそ48〜72時間でアルコール度数7〜9%ほどの液体になります。これがもろみ(ウォッシュ)で、見た目も味わいもビールに近いものです(ホップは入りません)。
ここで面白いのは、発酵時間の長さが酒の方向を変えることです。短い発酵ではナッツや穀物を思わせる厚みのある性格に、長い発酵では乳酸菌の働きが加わってフルーティーで軽やかな性格に傾く、と言われます。同じ麦、同じ設備でも、待つ時間で違うものになる — ウイスキーづくりが最初から「時間の商売」であることが、この段階でもう顔を出しています。
発酵槽の材質も木(オレゴンパインやカラマツ)とステンレスがあり、木の槽は洗っても微生物が住み着くため、その蒸溜所ならではの発酵につながるとされます。
『蒸溜所の帳簿』では、この前半工程を「発酵槽の総容量」という一本の数字に畳んでいます。発酵から次の仕込みまでを1サイクル4日と見て、もろみの日産=発酵槽の総容量 ÷ 4 で計算します。500Lの発酵槽が1基なら、もろみは1日あたり125Lです。
ピートは1月1日の仕込み計画で「ピート焚き/ノンピート」を選ぶ形にしました。焚くと原料費が少し上がり、スモーキーな原酒になります。品評会や一部の買い手には刺さりますが、万人受けするわけではない — 現実の少数派という立ち位置を、そのまま損得の形にしています。
発酵槽は生産の入口なので、ここが小さいままだと釜をいくら大きくしても意味がありません。ゲームが「発酵槽が他の設備に対して不足ぎみ」と警告するのは、その鎖の最も細いところを指しています。
この記事について
ウイスキー経営シミュレーション『蒸溜所の帳簿』を作っている人間が書いています。 運営するKF-Works株式会社は秩父で蜂蜜酒(ミード)の醸造所を営み、ウイスキーの輸入・販売も行う酒類の会社ですが、 ウイスキー蒸溜所の現場出身ではありません。ゲームの数値を決めるために調べたことを、調べた順に書いています。
そのぶん、多くの入門記事とは書き方が違います。「熟成には時間がかかる」で終わらせず、 何年でどうなるのかを数字で置き、現実と食い違う部分は食い違うと明記します。 ゲームの都合で現実と逆にしてある箇所(樽の値段など)は、そのつど本文で断っています。
記述の誤りを見つけられた場合は kudo@kf-works.co.jp までお知らせください。確認して直します。
この記事で書いた仕組みは、『蒸溜所の帳簿』のなかで実際に数字として動いています。無料・登録不要で、ブラウザだけで遊べます。